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2014年8月 6日 (水)

木曽森林鉄道の足跡

7月24,25日で馬籠、妻籠へ行ったのですが、これは、島崎藤村の「夜明け前」の舞台を観たい
から始まったのですが、どうせ、木曽へ行くなら、以前から訪ねて見たかった木曽森林鉄道の跡と
復旧保存運用している赤沢自然休養林の鉄道へも、足を延ばそうと思います。

南木曽から代行バスで、野尻まで行き、12:31発の松本行普通電車に乗ります。
代行バスは、30分くらい前に野尻の駅に着いてくれるのですが、何せ、カンカン照りの暑さで、
エアコンの無い場所で待つのは厳しかったです。

木曽森林鉄道は、昭和50年に廃止されたのですが、元々は、上松駅が中心でした。
上松に木材集積所があり、木曽御嶽山の麓、王滝村を中心とする線路が、木曽の木材搬出の為
各方面に線路を伸ばしていました。
この敷設・運営は、全て、農林省の営林署が行っていたようです。

木曽の木材は、木曽5木と言って、ひのき等、江戸徳川幕府の頃から、地元で勝手に伐採してはいけない、と
厳しく管理されて来ました。(この辺は小説「夜明け前」に、たっぷり出てきます)

森林鉄道廃止後、レトロな(蒸気機関車があった)鉄道を懐かしむファンが居て(私もその一人)
現在 
    王滝村  「りんてつ倶楽部」 http://www.geocities.jp/rintetsu_club/

と 赤沢自然休養林の赤沢森林鉄道
            http://www.town.agematsu.nagano.jp/kankou/know/tetsudo_history.html

の2か所に保存されています。

調べてみると、この二つは、全く違う運営主体で、「りんてつ倶楽部」は、いわば、鉄道趣味の方の団体で
王滝村と連携して、東京からメンバーの方がやって来て、保存活動をされているようで、体験乗車などは
有りません。
一方、赤沢森林鉄道は、テレビでも紹介され、有料で乗客を乗せて走っています。
そういう意味では、趣味では無く、上松町の観光協会の事業という形のようで、嘗ての営林署の施設を
引き継いだような感じです。

王滝村には、木曽福島から木曽町営バスが出ています。(上松からは無い)
先に王滝村へ行って、上松に戻るコースにしました。

王滝観光事務所のHPからコピーさせて頂いた嘗ての線路地図です。(昭和50年の前)



町営バスなので、本数が少なく、木曽福島駅前13:40発で行きます。

王滝川という木曽川の支流に沿って、走ります。
途中、おんたけ湖という大きなダム湖もありました。乗客は、私を含めて4人で、終点の王滝村へは
二人だけでした。

王滝村の松原スポーツ公園に保存鉄道がある、とりんてつ倶楽部HPに乗っていたので、バス停の
傍に有った王滝観光総合事務所(王滝村は、御嶽山への登山口、ハイキングコースとしても有名)へ入り
行く道を尋ねたら、車でもなく自転車でもなく、歩くのですか?4kmあり、この暑さでは無理です、日陰も
無いので、水分を補給しながら気を付けて行って下さい、裏道は、かえって目印無く難しいです、との
厳しい御宣託。
とにかく、てくてく、100mも歩いたら(王滝川が、おんたけ湖になっているので、下り坂) もう、汗びっしょり
バスはエアコンが効いていたので、気にならなかったのですが、外は猛烈な炎暑です。
ここは、かなり標高が高く、涼しいはず、と思っていたのが、大間違いでした。
こんな処でタクシーなど、ある訳なく、4km歩くのは、おばちゃんの言うとおり無理です。
しかし、引き返そうにも、次の木曽福島へ戻るバスは、1時間半後です。
兎に角、日陰で、エアコンのある場所は?と結局、さっきの観光事務所のある建物(王滝公民館)へ戻り
中の人に声を掛け、休ませてもらう事にしました。
丁度、子供たちが集まってイベントをやっているらしく、世話掛りのママさんがスイカを切って出している処で
一切れ、御馳走になり、とても、美味しかったです。

という事で、王滝は、これで断念し、次のバスで、木曽福島へ戻ります。
暑さ対策を忘れていました、というより、この木曽の山の中、御嶽山のふもとが、こんなに暑いとは、計算外でした。

[上松]

木曽福島から、17:51発で次の上松まで行きます。
上松では、もう日が暮れて、駅からすぐの旅館「田政」に泊まります。
ここは、上松では一流の旅館と思います。日観連の看板が出ていました。
こういう一流旅館に一人で泊まるのは、気が引けるのですが、仕方ありません。シングルルームというのは無く
全部和室だそうで、風呂、トイレは、共同です。

Photo

嘗て、上松が木曽森林鉄道の中心地だった頃は、製材業で、この旅館も、さぞや繁栄していただろう、と思われます。
値段は、和室を一つ占領しているので、やや、高くなりますが、料理は豪華なものでした。

翌朝、前日と同様、早く起きて、涼しいうちに上松の駅周辺を観て廻ります。

森林鉄道での木材出荷が盛んだった頃の写真は、堀越氏鉄道写真館から借用しました。
http://locomotivesteam.web.fc2.com/

昭和43年11月 中津川方面へD51が出発するシーンです。

Photo_2

画面左側、木曽川側が森林鉄道で運んだ木材の集積場で、広大なヤードになっています。
ヤードのクレーンブリッジの左側が木曽川ですが、森林鉄道が渡る、鬼淵鉄橋がチラと見えます。
木曽森林鉄道の写真も、堀越氏の写真館の中に色々あり、これもうまい角度の写真です。
沢山の材木を積んで、上松駅ヤードに入ってきたところです。(昭和43年9月)

Photo_3

左側にある営林署の管理事務所が、ちゃんと写った写真が有りました。

Photo_4

正面に、「安全運転」という文字がありますが、今回、上松駅へ行って見たら、この建物が残っていました。
入口付近を増築したようですが、この文字が残っています。

Dscf3630

まだ、使われているようで、人が出入りしていました。ヤード入口側から観た光景で、奥の木材集積場のあたりは
新しい介護施設グレイスフル上松が建っています。

Dscf3632

森林鉄道が上松のヤードへ入るのに、木曽川を渡るのが、鬼淵鉄橋ですが、その後、支流の川を渡る鉄橋が
残されていました。3本あるので、鬼淵鉄橋を渡った後、分岐したのでしょう。

Dscf3633

その向こうが木曽川で鬼淵鉄橋ですが、今は道路になっています。(赤く観えるのが鬼淵鉄橋)

Dscf3634

このカーブになったあたりには、乗客用の駅があったようです。写真の右側は商店ですが、嘗ては駅前商店街だった
のでしょう。そういう雰囲気が残っています。

Dscf3635

鬼淵鉄橋です。左側は後から付けられた道路用の橋で、右側です。

Dscf3640
今は使われていませんが、ちゃんと塗装され、説明看板が出ていました。

Dscf3636
説明分です。鉄骨トラス橋として記念すべき橋だそうです。

Dscf3637
蒸気機関車が最後の記念運行した時の写真がありました。

この辺の上松の地図を、Google Mapで見ると簡単な地図しかありませんが、Google StreetViewで全景が写って
いるのがありました。ヤード跡に建った特養の建物・グレイスフル上松が観えます。

Google_streetview_cut

又、同じGoogleのGoogle Earth による、全景を観ると、やや古いせいか、特養が建つ前の写真で、貯木場が
残っているように観えます。

Google_earth_cut

写真の上の木曽川に架かる橋が、鬼淵鉄橋と道路橋です。

この鬼淵鉄橋を渡ると、今は道路になって、県道508号線が、その跡のようです。

Dscf3644

このまま、木曽川に沿って遡るのですが、朝日が強くなって、暑くなり、廃線歩きは、この辺で断念し旅館へ戻りました。

この辺の廃線歩きは、相当、詳しい先輩が居て、先程の昔の写真もそうですが、そういう詳しい方のHPを
参照させて頂くのが、効果的です。
取りあえず、この上松の貯木場のヤードのレイアウト(地図)が見つかりましたので、借用させて頂きます。
「坊主岩太郎」さんの「森林鉄道跡解体新書」です。

Agematsu

ちょっと、マンガ的で、実寸とは合わないのですが、全部、載っています。
西貯木場があったらしいですね。
更に、そこへ伸びる林鉄のレール(ナローゲージ)を、中央線の線路と共用にした為、三線式になっていた
時期があったようで、最初の上松駅の全体写真では、林鉄の線路はありますが、共用部分(三線式)は
写っていません。
URL  http://rintetsu.net/index.html#

朝食、チェックアウトして、駅前の観光案内所で、赤沢自然休養林行きのバス(往復¥2000)のキップを買い
9:25のバスで行きます。

[赤沢自然休養林・木曽森林鉄道記念館]

木曽森林鉄道のうち、小川線と呼ばれる、上松ー赤沢間を走っていた地点です。

バスの到着する広場に面して、こんな碑が建っていました。「木曽森林鉄道記念碑」ー長野営林局ーです。
左側の階段を上がると、森林鉄道乗場です。

Dscf3651

ここには、嘗ての森林鉄道を往復2.2kmの短い距離ですが再現して、毎日、運行している赤沢森林鉄道があり、
トロッコ列車のように料金(¥800)を払って乗ることが出来ます。
この辺は、上松町観光協会のHPに掲載されています。

http://www.town.agematsu.nagano.jp/kankou/akasawa/trainInfo/train_info.html

又、木曽森林鉄道の歴史についても、以下に掲載されています。

http://www.town.agematsu.nagano.jp/kankou/know/tetsudo_history.html

乗場は、森林鉄道記念館の脇にあり、先に記念館へ入ります。右側の客車は、有名な理髪車です。

Dscf3652

Dscf3653

田島停車場とは、昨日行った王滝村の駅の事で、「りんてつ倶楽部」の保存車両も、以前は、そこにあったそうです。

館内の展示室は、一部屋だけで、半分以上が車庫(機関庫)になっていて、そちらを覗いたら、有りました!

Dscf3654

綺麗に磨き上げられ、火は入っていませんが、丁寧に整備されている様子です。
昭和4年に、ボールドウイン社から買った3台のうちの1台が残っているのです。もう、85年も経っているので
釜やパイプが傷んでいるでしょうから、大事に、特別な時だけしか、火入れしないみたいで、当然ですね。
記念館に昔の写真がありました。

Dscf3658

車庫の中には、展望客車ー天皇陛下が皇太子だった頃、これに乗って赤沢まで来られたとの事ーが有りました。

Dscf3655

デイーゼル機関車もあります。2軸で現役です。酒井重工製。

Dscf3657

奥の方には、4軸ボギー台車の強力なエンジン機関車もあります。

Dscf3656

記念館展示室のほうには、当時の運行手順マニュアルとか機関車の仕様書、部品、工具、レールサンプル
などいろんな物が展示してありました。
平成20年度に経産省の近代化産業遺産に指定されたそうです。

この車庫で、機関車を整備中らしい、作業服姿の方に、声を掛けて話を伺ったところ、OBの方らしく、一応
会社組織になっている、お客を乗せる、となると、結構、大変ですよ、との事でした。
以前から、こういう過去の遺産継承のような業務は、どういう方が仕事をされているのだろう?ボランテイアや
趣味で出来る範囲とは思えないので、気になっていた処でした。
この赤沢森林鉄道でも、見受けた処、7~8人の作業服を着た職員らしい方が居て、運転(トロッコにも添乗)、ポイント切替、案内など担当されていました。
線路の補修なども必要でしょうし、そんなに予算が有るはずもなく、よく、やっておられる、と感心しながら、
終点の丸山渡まで乗せて頂きました。

檜の板で造られたキップを買って乗ります。

Dscf3669

乗場です。

Dscf3664

終点の丸山渡です。ここは、だれも居ません。

Dscf3665

ここから、下りは、森林浴で歩くコースが、いろいろ造ってありますので、川沿いに歩きました。
途中に、この森の檜を昭和40年に伊勢神宮の建替え造営に使われた切株が残され、既に、新芽を吹き出して
いるのも観られました。

この後、駐車場の先の、森林資料館を観て、ゆっくり休ませてもらいました。(無人だったので幸いでした)

最後に、今年9月28日に、木曽森林鉄道100周年のイベントがあり、ボールドウイン蒸気機関車が実際に
火を焚いて走るかもしれません。ポスターのコピーを貼り付けておきます。
ご興味のある方はチャンスですが、大混雑するでしょうね。

100_2

この辺の、森林鉄道廃線跡歩きについては、メチャメチャ詳しい方がおられますので、内容てきには、全然
レベルが違います。
傑作をご紹介すると、「坊主岩 太郎」さんのHPでしょう。
http://rintetsu.net/index.html#
この中のインデックスで、選んで読む必要あります(膨大!)

これで、終了です。

14:35発のバス(最終!)で上松駅へ行き、15:30発で塩尻へ行き、17:07発のスーパーあずさで帰りました。

                                            (完)

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